一般的に11歳以降からリスクが高まり、海外の調査報告(Gunn-Moore D, et al., 2007)によれば、15歳以上の猫になると約半数に何らかの認知症の兆候が見られるとされています。高齢期に入ったら、日々の行動の変化に注意し、早期発見に努めることが大切です。
高齢になった愛猫が「夜中に突然大きな声で鳴くようになった」「トイレの場所を間違えるようになった」といった変化を見せることはありませんか?
実はそれ、単なる老化ではなく「猫の認知症」の兆候かもしれません。医療や栄養学の進歩により猫の寿命が延びたことで、近年では人間と同じように認知症を発症する猫が増えています。
本記事では、猫の認知症に関する初期症状や年齢の目安、家庭でできるチェックポイントから、進行を遅らせるための具体的なケア方法などを詳しく解説します。
猫の認知症は、医学的には「認知機能不全症候群(CDS)」と呼ばれており、脳の器質的な変化によって引き起こされる病気です。加齢に伴って脳の機能が低下し、記憶力や学習能力、周囲の状況を把握する能力(見当識)などが衰えていく状態を指します。
これは単なる加齢による衰えとは異なり、脳にアミロイドベータと呼ばれるタンパク質が蓄積するなどの病的な変化が関係していると考えられています。かつては猫がそこまで長生きすることが少なく、あまり目立たなかった疾患ですが、現在では寿命が延びたことで認知症と診断されるケースが増えています。
愛猫が何歳頃から認知症のリスクに直面するのか、あらかじめ知っておくことは早期発見のために非常に重要です。
猫の認知機能低下には個体差があるものの、一般的には11歳〜15歳の高齢期に差し掛かる頃から初期症状が現れ始めるとされています。
海外の研究報告(Gunn-Moore D, et al., 2007)によれば、11歳〜15歳の猫の約28%に何らかの認知機能不全に合致する症状が見られ、15歳以上の猫になるとその割合は約50%に達することがわかっています。つまり、年齢を重ねれば重ねるほど、発症リスクは確実に高まっていくと言えます。
猫の高齢期について詳しく知りたい方は以下の記事もご覧ください。
認知症の発症には、加齢や遺伝だけでなく、日々の生活環境も大きく影響していると考えられています。
たとえば、長年同じような室内環境で単調に暮らしており運動不足に陥っている場合や、飼い主や他の動物とのふれあい(社会的刺激)が極端に少ない猫は注意が必要です。
脳への適度な刺激が不足することで、認知機能が低下しやすい傾向にあるため、日頃から適度なコミュニケーションを図ることが推奨されます。
高齢猫の行動に変化が現れた際、それが認知症によるものかどうかを見極めるための目安となるチェック項目をご紹介します。
いくつかの兆候に心当たりがある場合は、一度獣医師に相談することをおすすめします。
見当識障害とは、自分が今どこにいるのか、あるいは周囲の状況がどうなっているのかを正しく認識できなくなる状態です。長年住み慣れたはずの家の中で迷子のようにウロウロしたり、部屋の隅や壁の前でじっと立ち尽くして動けなくなったりする行動がよく見られます。
また、ドアの開いている隙間ではなく、蝶番(ちょうつがい)がある側から無理に出ようとするなど、空間の認識に混乱が生じることもあります。
飼い主や同居の動物に対する接し方が以前と変わるのも、認知症の兆候の一つです。これまで飼い主が帰宅すると玄関までお迎えにきていたのに全く無反応になったり、逆に片時も離れず異常に甘えてきたりすることがあります。
さらに、同居の猫に対して突然攻撃的になる、あるいは完全に無関心になるといった関係性の変化が現れるケースも少なくありません。
睡眠のリズムが崩れて昼夜逆転してしまうのも典型的な症状です。日中は死んだようにずっと眠っているにもかかわらず、夜間になると突然活発に起き出し、部屋の中を徘徊したりします。
また、1日の睡眠時間が極端に長くなったり短くなったりするなど、これまでの規則正しい睡眠サイクルが乱れることが特徴として挙げられます。
トイレの場所を忘れてしまい、布団の上や部屋の隅など、これまでしなかった場所で粗相をするようになります。
また、トイレに行きたいという感覚はあっても、排泄を我慢できずに間に合わず漏らしてしまうこともあります。これは単なる排泄トラブルではなく、認知機能の低下によってトイレという場所がわからなくなっている状態です。
目的もなく部屋中をひたすら歩き回る様子が見られるようになります。その一方で、以前は大好きだったおもちゃや遊びに対してまったく無関心になり、ただじっとしている時間が増えることもあります。
また、猫にとって日課であるはずの身繕い(グルーミング)を自らしなくなり、結果として毛並みが悪くなってしまうことも多いです。
とくに要求がないにもかかわらず、意味もなく大きな声で鳴き続けることがあります。夜間や、部屋にひとりでポツンと取り残されたときに不安を感じて大声で鳴く傾向が強く見られます。飼い主が声をかけたり撫でたりしてもなかなか鳴き止まないことがあり、対応に苦慮するケースも多い症状です。
食事に対する記憶や認識が曖昧になり、つい先ほどご飯を食べたばかりなのに「まだ食べていない」と何度も食事をねだることがあります。
反対に、食べ物そのものに対する興味が薄れてしまい、大好きだったはずのフードを出しても匂いを嗅ぐだけで食べようとせず、著しく食欲が低下してしまう猫もいます。
高齢期の猫に見られる夜鳴き・粗相といった行動の変化は、必ずしも認知症だけが原因とは限りません。
他の病気が隠れている可能性もあるため、それぞれの特徴を知っておくことが大切です。
喉のあたりにある甲状腺からホルモンが過剰に分泌されてしまう病気です。新陳代謝が異常に活発になるため、食欲が増してたくさん食べるのに痩せていったり、やたらと活動的になって落ち着きがなくなったりします。
また、夜鳴きが増えることも多く、これらの行動が認知症の症状と非常に似ているため、血液検査による鑑別が欠かせません。
高齢猫では慢性腎臓病や甲状腺機能亢進症に引き続く形で高血圧症を併発することがよくあります。血圧が高い状態が続くと網膜剥離などを引き起こし、急激に視力が低下することがあります。
目が見えにくくなる不安から夜鳴きが増えたり、家具にぶつかって家の中で迷うような仕草を見せたりするため、認知症の初期症状と見間違われやすい疾患の一つです。
高齢の猫の多くが罹患する代表的な病気です。病状が進行して腎臓の機能が著しく低下すると、体内に毒素が溜まる尿毒症を引き起こします。
尿毒症になると、元気がなくなって一日中ぼーっとしたり、食欲が廃絶したりといった神経症状が現れます。これも認知機能の低下による無気力状態と混同されやすいため注意が必要です。
高齢になると人間と同じように関節の軟骨がすり減り、慢性的な痛みを抱える猫が増えます。痛みがあるために動くのを嫌がってじっとしている時間が増えたり、トイレの段差を越えるのが辛くてトイレ以外の場所で粗相をしてしまったりします。
活動量の低下や排泄の失敗は認知症の代表的な兆候ですが、実は関節の痛みが原因だったというケースも少なくありません。
高齢猫によくある健康上の問題について詳しく知りたい方は以下よりご覧ください。
猫の認知症には「これを行えば確定できる」という単一の検査が存在しません。そのため、他の病気の可能性を一つずつ潰していくことが重要になります。
獣医師はまず、問診を通じて飼い主から日々の行動の変化や気になる兆候を詳しく聞き取ります。その後、血液検査、尿検査、血圧測定、X線検査などを実施し、甲状腺機能亢進症や慢性腎臓病、高血圧症など、行動変化の原因となり得る他の身体的な病気が隠れていないかを徹底的に調べます。これを「除外診断」と呼びます。
身体的な異常が見つからず、かつ行動の変化が認知機能不全の診断基準に当てはまる場合に、初めて認知症という診断が下されます。「ただの老化だろう」と自己判断せず、少しでも普段と違う様子があれば早めに動物病院を受診しましょう。
高齢猫の動物病院での定期検診について詳しく知りたい方は以下よりご覧ください。
認知症と診断された場合でも、悲観しすぎる必要はありません。適切なケアを取り入れることで、愛猫が安心して過ごせる時間を少しでも長く保つことができます。
視力や空間認識能力が低下した猫にとって、住み慣れたはずの家も危険な場所に変わってしまうことがあります。まずは安全を最優先に考え、家具の配置は極力変えず、段差をなくして滑りにくいマットを敷くなど、怪我を防ぐ工夫が大切です。また、トイレの失敗が増えた場合は、生活スペースに複数のトイレを設置し、縁の低い入りやすいタイプに変更するなど、猫がアクセスしやすい環境を整えてあげましょう。
高齢猫のための住環境の工夫については以下よりご覧ください。
毎日の食事を見直すことも、脳の健康を維持するための有効なアプローチです。抗酸化作用のあるビタミンEやビタミンC、さらには脳の働きを助けるオメガ3脂肪酸(DHAやEPA)が豊富に含まれた食事が推奨されています。
かかりつけの獣医師と相談しながら、高齢猫の健康維持に特化した総合栄養食のキャットフードへの切り替えを検討してみてください。
日常生活の工夫だけでは症状のコントロールが難しい場合、サプリメントや内服薬が選択肢となります。脳の血流を改善する成分が含まれたサプリメントや、極度の不安を取り除き睡眠の質を改善するための薬などが処方されることがあります。
ただし、猫の体質や他の持病との兼ね合いもあるため、自己判断で市販薬を与えることは避け、必ず獣医師の指導のもとで適切な処方を受けてください。
認知症の猫の介護、とくに連日の激しい夜鳴きや頻繁なトイレの失敗への対応は、飼い主にとって身体的にも精神的にも想像以上の負担となります。完璧な介護を目指すあまり、飼い主自身が倒れてしまっては元も子もありません。
ひとりで抱え込まずに獣医師に悩みを相談したり、同じ境遇の飼い主が集まる場で情報交換をしたりするなど、適度に息抜きをしながらご自身の心身のケアも大切にしてください。
認知症を完全に防ぐ魔法の方法はありませんが、若いうちからの心がけや高齢期からの生活習慣の改善によって、脳の老化スピードを緩やかにすることは期待できます。
脳を若々しく保つためには、日々の生活に程よい刺激を取り入れることが効果的です。高齢になっても無理のない範囲で猫じゃらしや知育玩具を使って遊ぶ時間を作り、頭と体を使わせましょう。
また、日当たりの良い窓辺にベッドを置いて外の景色を眺められるようにしたり、新しい匂いのする段ボールを置いてみたりするなど、五感を刺激する工夫(環境エンリッチメント)を取り入れることが推奨されています。
毎日の食事は、身体だけでなく脳を作る基礎でもあります。高齢期に差し掛かったら、細胞の老化を防ぐ抗酸化成分や、神経伝達をサポートするDHA・EPAなどをバランスよく配合した高齢猫向けフードを積極的に取り入れましょう。
栄養面からのアプローチは、認知機能の維持を助けるための重要な柱となります。
健康に配慮したヒルズの高齢猫用フード一覧については以下よりご覧ください。
ここでは、猫の認知症に関して飼い主の方からよく寄せられる疑問についてお答えします。
一般的に11歳以降からリスクが高まり、海外の調査報告(Gunn-Moore D, et al., 2007)によれば、15歳以上の猫になると約半数に何らかの認知症の兆候が見られるとされています。高齢期に入ったら、日々の行動の変化に注意し、早期発見に努めることが大切です。
代表的な初期症状として、夜鳴きが増える、トイレを失敗する、家の中で迷う(見当識障害)、目的もなく歩き回る、今まで好きだった遊びへの関心が薄れる、などがあります。
残念ながら、現在の獣医療では一度発症した認知症を完治させることは難しいとされています。しかし、生活環境の整備、脳の健康をサポートする食事、サプリメントや薬による適切なケアをおこなうことで、症状を緩和し、進行を遅らせることは十分に可能です。気になる兆候があれば、早めに獣医師に相談しましょう。